大病をしたからといって、死ぬ気で頑張ろうとは思えなかった

人生、再起動中。

大きな病気をした人が、

「命を助けてもらったのだから、これからは死ぬ気で頑張る。」

そんなふうに話すのを聞くことがあります。

そういう生き方は格好いいと思います。

自分も、そうなれればよかった。

でも、私の場合は違いました。


急性大動脈解離で倒れました。

緊急手術を受けました。

その後も大動脈瘤の手術を受け、創部感染も経験しました。

何度も、

「死んでいてもおかしくなかったのかもしれない。」

と思う場面がありました。


だからこそ、

助かった命を大切にしよう。

もっと頑張ろう。

やり残したことを全部やろう。

そんなふうに考えるようになるものだと思っていました。

でも、実際に自分の中に残ったのは、少し違う感覚でした。


どうせ、いつか死ぬ。

それなら、もう嫌なことを我慢してまで生きなくてもいいのではないか。

そんなふうに考えるようになりました。


「好きなことをして生きたい。」

と言えば、少し前向きに聞こえます。

でも、私の感覚はそれとも少し違います。

好きなことだけをして生きられるとは思っていません。

生活していれば、面倒なこともあります。

やらなければならないこともあります。


それでも、

やりたくないことに、自分の人生をできるだけ使いたくない。

今は、その気持ちの方が強いです。


病気になる前の私は、仕事で嫌なことがあっても、

「仕事だから仕方がない。」

と思っていました。

多少無理をしてでもやる。

責任があれば引き受ける。

求められれば応える。

それが当たり前でした。


もちろん、病気をしたからといって、責任を全部放り出してよいとは思っていません。

嫌なことから何でも逃げればいいとも思っていません。

ただ、

「そこまでして、これを続けなければならないのだろうか。」

と考えるようになりました。


以前なら、

「もっと頑張らなければ。」

と思っていた場面で、

「もう、そこまで頑張らなくてもいいのではないか。」

と思う自分がいます。


それが、大病を経験したからなのか。

年齢のせいなのか。

今、休職しているからなのか。

自分でも分かりません。

たぶん、全部が少しずつ関係しているのだと思います。


命が助かったのだから、もっと前向きに生きなければならない。

もっと感謝しなければならない。

もっと一日一日を大切にしなければならない。

そう考えることもあります。

でも、そう思えば思うほど、

「大病をした人は、立派に生き直さなければいけないのだろうか。」

という気持ちにもなります。


私は、大病をしたことで強くなったわけではありません。

人生の目的を見つけたわけでもありません。

毎日を大切に生きられるようになった、と胸を張って言えるわけでもありません。


むしろ、

どうせいつか終わるのなら、嫌なことに使う時間を少しでも減らしたい。

今は、そんな考え方になっています。


死ぬ気で頑張るのではなく、

やりたくないことを、できるだけやらずに生きていきたい。

それが正しいのかどうかは、まだ分かりません。

ただ、大動脈解離を経験した私が今たどり着いているのは、そんな考え方です。

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